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残響を染める朱 02



※お題 「音」 続き
2009.4.4








今は昔、全土を巡業する旅芸人の一座があった。


唄に踊りに舞、芝居、一座のものは皆、芸達者であった。

その一座を率いる座長の養子にして、齢十二の童でありながら既に舞手の花形であった綱吉は、旅の途中で立ち寄った漁村で、波に打ち上げられた船の残骸と、その木屑に紛れて倒れ付した子供を助け上げた。

外つ国から流されてきたのであろう子供は、白銀の髪と白磁の肌を持った、見目麗しい少年であった。

彼は間も無く、延べられた床の中で意識を取り戻したが、彼は“スクアーロ”という己の名前のほかは、一切の記憶を失っていた。


その後。
座長への綱吉の執り成しもあって、スクアーロは綱吉に習って舞手として一座に加わることとなった。

以来、二人は稽古の他にも常に行動をともにするようになり、ひとつ ふたつ と齢を重ねる度に、スクアーロは綱吉の技量にも並ぶほどの舞手に成長していった。






季節は巡り。
綱吉は十四、スクアーロは十六の少年へと成長していた。

面差しも柔和で体の線も細く、芝居でも女形を演じている綱吉が、優美で華やかな舞を得意とするのに対し、秀麗な容貌に反して気性の激しいスクアーロは、荒々しく勇壮な武舞を、特に剣舞を好んだ。

ある日、相反する性質の二人が芝居の舞台を共にする事となり、二人が舞台に登場すると、それぞれを贔屓にしている客達の間から高い歓声が上がった。

しかし、簡易に作られた舞台の上で、着飾った二人が織り成す恋模様を観劇するうちに、人々は瞳を潤ませ頬を紅潮させて、ぐ っ と息を潜めた。


二人が交わす台詞、重ねる掌、絡める瞳、寄り添う姿。

わずかな所作一つが、子供だてらに大人顔負けの艶やかな表現でもって芝居を彩り、人々の奥深くに眠る情感を激しく揺さぶったのだ。




恋を知らぬ少年には、とても演じきれぬ芝居に―――……もしや。

と、綱吉とスクアーロの、互いを想いあう二人の秘した心情を逸早く察したのは、当人達ではなく一座の仲間達でもなく、二人の芝居に心打たれた客達だった。








* * *




スクアーロは、旅籠の裏庭にある大きな庭木の下に立ち尽くし、雨に煙る山々をひっそりと眺めていた。


「なに、してんの」
綱吉は、緋色も鮮やかな和傘を そ と、スクアーロに差し掛けて言った。


「ん゛ん? ぁあ、悪い。……ぎゅうぎゅう詰めの部屋の中でゴロゴロしてんのも、なんか窮屈でよぉ。雨が降ろうと雪が降ろうと、外でカラダ動かしてるのが性に合ってんだ、オレは」

「ははっ、確かに。この辺に入ってから、ずっと雨つづきだもん、いい加減に退屈だよね。―――でも、それだけじゃないでしょ。何を考えてるの?」

綱吉の言葉に、スクアーロは俯いて苦笑を浮かべた。




「……雨が降ると、何か思い出しかけるんだけどよ。どうも、ハッキリしねぇぜぇ」

「そう。そっか、スクアーロは、記憶を思い出したいんだよね」

「あー、……どうだろうなぁ」

「……」
綱吉は、複雑な表情を浮かべたスクアーロの横顔を じ と見詰めて言葉を捜しているようだった。
口を開きかけて逡巡し、けれど結局、口をつぐむ。

その様子に何を思ったのか、スクアーロは僅かに目を細めて笑った。



「ま。そのうちな。オラ、綱吉 その傘こっちに寄越せぇえ!」

「え、うわっ。ちょっとおっ」
スクアーロは、綱吉の華奢な手から和傘の柄を強引に取り上げた。
そして、不意の出来事によろめいた綱吉の細腰を腕に抱き寄せると、その和傘の赤い影の中で、互いの唇を重ね合わせる。

柔らかな感触に目を見張った綱吉の頬が、見る間に紅潮していく。

鼻先を付き合わせた格好でそれを見詰めていたスクアーロは、にんまり と、人の悪い笑みを浮かべ、唇を触れ合わせたまま告げる。



「安心しろぉ。この先、オレが過去の記憶を取り戻そうと、何が起ころうと、オレは、お前の傍にいる……誓うぜぇ」

綱吉は、スクアーロの真摯な瞳に喉を詰まらせた。
そして、いつの間にか己よりも逞しくなった男の胸に体を預け、そうっと目を閉じた。








* * *








暗い底から意識が浮上した途端に、綱吉は寒さに体を震わせた。



―――な に、なんだろう。



硬く冷たいものが、ざらざら と、肌の上を這っていく。

怖気を煽るようなそれに瞼を持ち上げると、薄く開いた視界に、白く艶やかな鱗を持つ長い胴体と、二股に裂けた長い舌が見えた。
その朱色の舌が、ちらちら と 濡れた頬に触れる。

くすぐったい様な、むずがゆい様な刺激に身震いし、それを掃おうとして、指先ひとつ満足に動かせない事に気付く。


縛られているわけではない。
「動け」と念じるも、その意識が指先まで伝わらないのだ。

まるで、意識と肉体とが、遠く切り離されてしまったかのように。

その間にも、冷たいものが身をくねらせながら体中を這い回っていく。それは、力なく投げ出された綱吉の肢体に絡みつき、開かれた脚の奥にまで するする と伸びていく。



脈動が触れた。



今まで体中を這い回っていたモノとは明らかに異なる熱。

原始的な情動に支配された肉塊が、綱吉の敏感な肉襞に擦り付けられる。




「つ ナ ヨ シ」
恐怖に身を硬くした綱吉の耳に、温かな吐息と聞きなれた声が触れた。

低く、耳障りの良い男の声。
心身の緊張を解かすような柔らかな響きに、綱吉は一瞬、赤ん坊のように無防備になった。



その瞬間を待っていたかのように、それは動いた。


奥へ。


奥へ、潜っていく。




「そう ダ―――綱吉、だ。……ああ、やっと やっと、頭がハッキリしてきたぜぇえ」

「 ひ うっ!?  く  あぁ っん ぃっっ」

柔らかな肉壁の中で、それが身を躍らせると、悲鳴のような嬌声が、綱吉の喉の奥から押し出された。

痩身を揺さぶられ、大きく見開いた瞳から弾けるように涙が零れる。
その濡れた目尻に、頬に、鼻先に、唇に、柔らかな口付けが降りそそぐ。



「遅くなって、悪かったなぁ。寒かっただろ。寂しかっただろ。もう、大丈夫だ。もう、二度と離さねぇ。誰にも、触れさせねぇ。何者にも、お前を傷つけさせやしねぇから。今度こそ、守りきってやるから」

「んっ んんぁ あっ、…… クぅ   アッ」

囁やかれる度に肌が火照る。
悦びと苦痛に思考と肉体が溶け出し、一緒くたに掻き混ぜられていく。


体が、 身体が、 カラダが 燃えるように、熱くなっていく。


綱吉は、己の体が酷く冷え切っていたのだ、と気付かされた。そして、もっと強く、更に深く、その熱を求めるように繰り返し名前を呼び、手を伸ばす。




「スク……スクあーろ、スクアーロ」

「辛抱しろよぉ。もう少し、もう少し だ」
綱吉の手を取り、その甲に口付けたスクアーロは、その双眸から滂沱と涙を流していた。

スクアーロが腕に抱いている綱吉の身体は、全身が水にふやけ、裂けた皮膚と溶けた肉の間からは、砕けた骨と拉げ千切れた内蔵が覗いている。


その肉片の欠けた部位に、無数の白ヘビが入り込み、肉付けしていく。

少しずつ、ヒトのカタチを取り戻していく。




「あぁ ああ、ああ、こんなにしやがって、あいつ等……そうだ、あいつ等」
スクアーロの無機質な瞳の奥に、白い焔が燃える。




「絶対にゆるさねぇ」










※お題 「道」 へ続き ます。



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