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アンケート企画 4位「ギャグ」でスクツナ

スプレーウィット 前編 02


2009.5.1








中学校時代に“ダメツナ”呼ばわりされていた赤点追試組の沢田綱吉も、悪魔のように恐ろしい家庭教師に学んだのが功を奏したものか、この春 無事に並盛高等学校に進学した。

「この問題が解けなかったら、ボコってサメのエサにしてやるぜコラァ」
―――と、目つきの悪い金髪の美丈夫に尻を叩かれていたのも、学校に馴染んだ今では、良い思い出となっている。




* * *




昨年 新設された校舎は四階建てで、その三階に一年の教室が集中している。

その、一年B組の教室の窓側・最後尾に、綱吉の姿はあった。
担任からの連絡事項のみという退屈なホームルームに暇を持て余していた綱吉は、机に頬杖をついた姿勢で窓の外へ視線を流し、運動場を隔てて建っている古びた旧校舎を茫と眺めていた。

夜になると人魂が飛ぶらしい。
なんていう背筋の凍るような噂のある旧校舎だ。

昼間にはガラの悪い連中の集会場と化していることから、今年中に取り壊す計画もあるらしいのだが、まだ着工には至っていない。



綱吉は小さく欠伸をした。
先月に誕生日を迎え、五十歳になったばかりだという教師の声は間延びしていて眠気を誘う。

目に浮かんだ涙を瞬きで散らした綱吉が、黒板の上部に備え付けてある丸時計に意識を向けたのと時を同じくして、終業の鐘の音が校舎中に高々と響き渡った。
その余韻が消える間も無く、放課後の廊下はざわめきに溢れていく。

部活やアルバイトに急ぐ生徒が我先にと教室を飛び出していく中、綱吉は欠伸を噛み殺して大儀そうに椅子から腰を上げ、掃除用具を収納してある棚の引き戸を開けた。


「ツナ!」
面倒臭そうにバケツを取り出した所で愛称を呼ばれて振り向いた綱吉は、教室の戸口に立っている親友の姿を見止めて、パッと笑顔を浮かべた。


「山本、どうしたの 部活は」

「ん、ちょっとな」
駆け寄る綱吉に軽く手を上げながら笑顔で応えた彼は、綱吉の中学校来の親友で、県下最弱といわれている並盛高校野球部の期待の星だ。
甲子園を目指して、早朝に放課後、休日までも忙しく練習に明け暮れていることから、学校でも顔を合わせる機会は少なくなった。

綱吉は、大人びた親友の日焼けした端正な顔を見上げて目を細めた。



「今日は―――あれ? 放課後は紅白戦するって言ってた よね。あの監督、時間に厳しいんだろ、急がなくていいの」

「走ってけば余裕だって! それより な、その試合、見に来ねぇ?」

「え、いいの! って、あああでも、今日は掃除当番だから」
綱吉は手に提げていたバケツを指して溜息をついてみせた。



「そっか。ツナにイイトコ見せる良い機会だと思ったんだけどな」

「イイトコって、オレに? なんで。山本のことは普通に格好イイって思ってるよ。クラスの女子が噂してんのも、聞いたことあるしさぁー。今日の紅白試合なんて、応援も大勢で押しかけるだろうから、ちょっとしたお祭り騒ぎになるんじゃない」

「ハハハッ! んじゃ、また誘うわ。時間あったら、見に来てくれよな」

「うん? わかった。頑張って」
快活な笑顔とは裏腹に、心なし肩を落とした山本の様子に首をかしげた綱吉は、困惑の表情を浮かべて親友の背中を見送った。




* * *




綱吉は、ゴミ箱を抱えてノタノタと階段を上がっていた。

三階に在る教室から校舎裏にあるゴミ集積場所までの長い距離を往復するのに疲れた だけではない。

その行き来の間に、イロイロな事が起こったのだ。

音楽室でピアノの鍵盤を叩いていた獄寺に声を掛けたまでは良かった。


「この曲を貴方へ」
などど言い、いきなり作曲を始めたのには驚いたが、そこへ何処からともなく現れた生徒会長の骸に絡まれ、そこを通りかかった風紀委員の雲雀に捕まり、助けに入った笹川からのボクシング部への勧誘を振り切って校舎の外へ出たのだが、そこで鼻水と涙でぐしょぐしょの顔をしたランボという名の迷子に出くわした。

これを放っておくわけにもいかない。
保護者を探してあげるから と、抱き上げて職員室へ向おうとしたところに、校門の方から長身の男が子供の名を呼ばわる声が聞こえた。
男は、ランチアと名乗り、近くにあるボンゴレ幼稚園の保育士だった。

去っていく二人を見送ってから、やっと教室へ足を向けることができたのだ。






「遅いよ、沢田っ! 何してたの、待ちくたびれちゃったじゃん」

「……は?」
扉を開けた瞬間に詰られて、綱吉は怪訝に眉を顰めた。
疲弊しきった顔で教室へ戻ってきた綱吉を迎えたのは、綱吉の数少ない女友達の一人だった。

彼女は携帯電話を弄りながら綱吉の机の上に腰掛け、その細い足をぷらぷらと遊ばせている。


「オレに用事? 覚えがないけど……なにか、約束してたかな」

「んん。約束なんて、してないわよ」

「……なに、どうしたの」

「実は、お願いがあって。……私、とっても困ってるのよ。沢田しか、頼れる人がいなくって」



―――助けてくれる よね?



と、彼女は気の強そうな吊り上った眉を八の字に下げると、ぐすっ と鼻を啜った。

涙に潤んだ瞳に見詰められた綱吉は、「その前に机から降りろ」と返すはずだった言葉を飲み込むしかなかった。










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