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たった一度の口付け たった一つの温もり

たった一人の貴方だけが 私の心に 想いを謳う

2009.3.8








互いを確かめ合うように抱き合い、

その命まで繋げるように胸を合わせ、

渇きを潤すように幾度も口付けを繰り返す。



人目を忍び、幾夜も繰り返された秘め事。
その蜜夜に、抱き合う二人が言葉を交わすことはなかった。

けれど、ある日、男は熱の冷めた声で独白した。








―――違う。


「やっぱり、こんなもんは違う。オレが、この腕に欲しいのは……」
その何か押し殺した低い声に、傍らで身じろぐ気配があった。




―――知ってる。


衣擦れの音から一拍の間を置いて、溜息のような か細い声が応えた。

肩口に零れる銀糸を背中に掃いながら、つ  と視線を流したスクアーロの眼の端に、背を向けて横たわった青年が身を起こそうとする様子が映った。
スクアーロは、そのしなやかな筋肉の隆起する背中を、その、余すところ無く味わった身体を黙した瞳でなぞる。


スクアーロが情を交わしたのは、彼が仕えている主が執心している青年だった。
彼が一目を置く剣士が仕えている青年だった。

青年の名は、沢田綱吉といった。








「貴方が欲しいのは、オレじゃない。そんなこと、わかっているよ、スクアーロ」
綱吉は、スクアーロを振り返らないまま、穏やかな調子で言葉を続けた。


「誰かの身代わりでも良いからって、オレが貴方を誘ったのが始まりだったじゃないか。互いに体の欲求を満たす為だけに関係したワケだし、恋だとか愛だとか、そんな陳腐なもので束縛しあう気は無いんだ。だから、安心して。この関係に嫌気が差したのなら、オレはいつだって」
スクアーロは睫毛を伏せて、綱吉の姿を視界から追い出した。


「……ああ。もう、テメェとは会わねぇ。これっきりだ」




「―――……、ああ。そ っか、うん。わかった」

「また他の、都合のいい相手を探すんだなぁ」
綱吉の声が僅かに震えたのを気付かないふりをして、スクアーロは淡々とした口調で言った。
そして、乱れ湿ったシーツの上に情人を残し、寝台から足を下ろす。

肩や腕に汗で張り付いた長髪を鬱陶しげに掃い、毛足の長い絨毯を踏みしめて、月明かりの差し込む窓際へ歩く。








息苦しい。


早く、空気を入れ替えたかった。

部屋に篭もっていた淫臭は空調に薄れてはいたが、事後の濃密な記憶が、未練がましく身体に纏わり付いている。

それを、冷えた外気で一掃したかった。


「……あ、あのっ  ス 、スクアーロッ、オレ   オレは さ」
その背中に、綱吉の声が追いすがった。
綱吉の震えて上擦った声に、息苦しさが増した。


「なんだよ」
スクアーロは些か乱暴に答えた。


「……そのっ、こんなこと……こんな筈じゃ、なかったんだ」
スクアーロの後を追って寝台から飛び降りてきた綱吉は、震える手で男のシャツを強く握り締めた。


「ああ? 何を言ってんだ、テメェはよぉ。オレの具合が良過ぎて、いまさら手放すのが惜しくなったかよ」

「そんなんじゃ、なくって……でも」

「オレは、もう、御免だぜぇ」
スクアーロは苦々しく笑い、その乾いた唇をキツク噛んだ。


「……っ、スクアーロ」
綱吉の声は、苦渋と絶望に満ちていた。

窓を押し開けようとしたところで、スクアーロは手を止めた。
夜気に冷えた硝子窓の向こうに、薄雲を纏った白銀の月が艶やかに笑んでいる。

その白々とした淡い光の中で、スクアーロは僅かに眉根を引き絞った。








「……なぁ、綱吉。オレが、この腕に欲しいものが何か、お前にわかるか」


月の女神は、狩猟と純潔を司る処女神であるという。

穢れを知らぬ無垢な彼女の高潔な瞳は、時に容赦がない。
深遠に押し込めた真実を、偽りを、何もかも暴くように、真っ直ぐに胸を射る。

女神から視線を逸らしたスクアーロは、その視線の先に、総身を震わせて嗚咽する綱吉の姿を見止めて、ふ と脱力したように笑みを浮かべた。


「オレが、恋だとか愛だとか、そんな陳腐モノが欲しいと言ったら」
清浄な淡白い月明かりの中、スクアーロは綱吉の頬を熱く流れる涙を指に掬った。








お前の心まで欲しいと言ったら、お前は笑うだろうか。










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